九州大学大学院農学研究院 宮本敬久
世の中の科学技術は日々進歩し,衛生環境の整備も昔に比べると格段にすすんできたが,食中毒は無くならない.
1996年に大腸菌O157による食中毒が,全国の学校給食施設などで多発した.この年の大腸菌O157による食中毒患者数は9451名,死者は12名にのぼった.堺市の食中毒の原因究明の結果からは、特定の生産施設から特定の日に出荷された貝割れ大根が原因食材として最も可能性が高いと報告されたが,原因食品は,特定できなかった.
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大きな社会問題に 現在もO157による食中毒は年間をとおして発生している.
1998年末から99年4月にかけて発生したM水産製造のイカ乾製品を原因食品とする食中毒事件では、山梨県を除く46都道府県で1,505名の患者を出した.このような全国規模での発生は、過去に類のないものであり、更にイカ乾製品が原因となって、食中毒を引き起こしたことも過去に例を見ない事件であった。この原因となった菌は、サルモネラ・オラニエンブルグおよびサルモネラ・チェスターであった。原因となった製品を作った水産会社は,倒産した.
2000年,夏には,牛乳を原因とした黄色ブドウ球菌の毒素による食中毒事件が発生した.この雪印乳業(株)大阪工場製造の低脂肪乳等を原因とする食中毒事件で食中毒症状の出た人は14,780名に達し、近年例をみない大規模食中毒事件となった。原因となった低脂肪乳から黄色ブドウ球菌の作る毒素エンテロトキシンA型が検出され,大阪市は、これを病因物質とする食中毒と断定した.さらに低脂肪乳等の原料に使用されたと思われる北海道大樹工場製造の脱脂粉乳からもエンテロトキシンA型が検出された.雪印の社長は起訴され,大阪工場は閉鎖された.
卵を原因とするサルモネラ・エンテリティディスによる食中毒も近年増加してきている.2000年の国の統計では事件数,患者数ともにサルモネラ菌による食中毒が最も多かった.
このような食中毒細菌が原因の食中毒にかかると,胃腸炎症状(下痢,腹痛,おう吐など),発熱,けん怠感など風邪のような症状が出ることが多い.また,間違って食べた毒キノコによる食中毒やフグによる食中毒も毎年発生している.
食中毒の原因は様々で,大まかに以下のように分類することができる.原因となる食品も多種多様である.
1. 細菌性食中毒
・食品とともに体内に入った食中毒菌が体内で増えたり,すでに食中毒菌が増えた食品を食べて,その菌の腸管粘膜への作用により発症する(サルモネラ菌,腸炎ビブリオ,など).
・食品中で菌が増える時に作られた毒素が体内に入って発症する(黄色ブドウ球菌,ボツリヌス菌,セレウス菌など).
食中毒菌が食べ物の中で増えていても,味も臭いも変わらない.
2. ウイルス性食中毒
・小型球形ウイルス(SRSV)や肝炎ウイルスが食品や飲み物と一緒に体に入った時に起こる.
3. 化学性食中毒
・有毒な化学物質の摂取による:砒素,水銀,鉛,有機リン製剤など
・動物性,植物性の毒素の摂取による:フグ毒,貝毒,キノコ毒,毒草など
4. アレルギー様食中毒
・ヒスタミンや,細菌の代謝産物が原因となる
5. の他
・原因不明なもの
最近の食中毒発生の動向は,おおよそ以下のようになっている.
発生件数 : 2000〜 3000件/年
患 者 数:30000〜40000人/年
死 者 : 10人前後/年
食中毒の発生状況についての統計が毎年,厚生労働省から出されているが,この統計は,以下のような経過を経てまとめられている.
食中毒を扱った 医 師
↓ 届 出
保 健 所 長
↓
保 健 所 で 調 査
↓ 報 告
都 道 府 県 知 事
↓ 報 告
厚 生 労 働 大 臣 これで初めて統計上の報告となる.
しかし,食中毒になっても症状に軽重があり,医師の診断を受けるとは限らない。
↓
実際数を把握するのは,困難.(統計数の約20〜30倍と考えられる)
食中毒を起こす細菌やウイルスには色々な種類があり,肉,魚,貝類,卵,野菜,果物など様々な食品原材料中に自然にくっついている.これらの細菌やウイルスは,食品の調理や加工および保存の方法に問題があると,菌の数が減らずにそのまま食品に残ったり,逆に増えたりして食中毒を起こす原因となる.
次に,代表的な食中毒について説明する.
サルモネラ・エンテリティディス(SEと略す)という菌による食中毒は世界的に増加している.わが国でも近年急激に増加してきた.,昨年度に発生した食中毒の中で,発生件数は細菌性食中毒の中で一番多かった.
原因食品:玉子焼き,自家製マヨネーズ,オムレツなどの鶏卵食品
卵などから調理器具や手指などを介して他の食品が汚染される場合がある → 食品の取扱にも十分な注意が必要.
冷蔵庫の中でも卵から他の食品に汚染が拡大することがある → 冷蔵庫の管理も重要
潜伏期間:8時間〜48時間
症 状:発熱(38℃〜40℃前後),腹痛,下痢,けん怠感など.
予 防:SEの感染予防には十分な加熱が有効
熱に対しては弱く,70℃,1分間の加熱で死滅する.
注 意!
鶏卵の表面や中身が,SEに汚染されていることがある
SEに汚染された卵の保存条件が悪い → 卵の中のSEが増殖
特に割った卵では,急激にSEが増殖
過去のSEによる食中毒事例には,卵が原因となった事例が多い
・卵はきれいで,ひび割れのない新鮮なものを購入.
・買った卵はすぐに冷蔵庫に入れ,できるだけ早く食べる.
・卵を加熱調理する時は,十分加熱する.
・わずかな時間でも冷蔵庫に入れる.
・卵かけご飯,すき焼き,納豆にかけるなど,卵を生で食べる場合
→ 破卵やひび割れ卵は使用せず,食べる直前に殻を割って,すぐに食べる.
・調理前の生卵や調理後の卵料理は,調理開始から,2時間以内に食べる.
大腸菌:人や動物の腸内に棲んでいるが,普通,病気の原因になることはない。
一部の大腸菌には人や動物に病気を引き起こす病原性があり,これらを総称して病原大腸菌という.病原大腸菌が飲食物を介して体内に入ってくると腹痛や血便などの大腸炎を起こす.
これらの中で,腸管出血性大腸菌に感染すると,菌の作る毒素(ベロ毒素)により,乳幼児や高齢者では,貧血や尿毒症を併発する.
1996年の集団食中毒で有名になったO157は腸管出血性大腸菌の仲間.
大腸菌O157
牛などの家畜の腸の中に存在.
ふん便が食品や水を汚染することが,感染の原因.
どのような経路で汚染するのかは,不明.
患者のふん便 → 人から人に感染
食品の不衛生な取り扱い → 食品から食品へ汚染拡大
症 状
主症状:腹痛,水溶性の下痢.
・虫垂炎を疑うようなはげしい腹痛,大量の鮮血をともなう下痢もある.
・下痢がはじまって約1週間後に,溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症することがある(急性腎炎,血小板の減少,貧血などの症状が出る.治療が遅れると,死亡することがある).
1 発症菌数が非常に少ない
通常の食中毒菌の場合,10万〜100万個以上の細菌が体の中に入ってこないと発症しない.O157の場合は,わずか数百個程度の非常に少ない菌数で発症すると考えられている.どのような経路で食品がO157に汚染されるのか,まだよくわかっていないことも多い.
2 潜伏期間が4〜8日と長い
サルモネラの潜伏期間は8〜48時間,腸炎ビブリオの潜伏期間は8〜24時間であるに対し,O157食中毒の潜伏期間は4〜8日と非常に長い.このため,原因食品・感染源の特定が大変難しい.
3 感染力が強く,人から人へ二次感染を起こす
通常の食中毒菌は人から人へ感染することはない.ところが,O157の場合はわずか数百個程度の菌数で発症する.→ ふん便等を介して感染する可能性がある
O157は他の食中毒菌と同様熱に弱く, 75℃,1分の加熱により死ぬ.
また,逆性石けんやアルコールなどの市販の消毒剤でも容易に死ぬ.従って,手をよく洗う,肉類は十分に加熱するなど通常の食中毒対策で予防が可能である.
下痢が続いたら,すぐにお医者さんの診察を受ける。
1990年 埼玉県浦和市の幼稚園で起きたO157食中毒事件では,2名死亡した.
●感染者の10%が溶血性尿毒症症候群のような合併症を発症した.
● 感染者の30%は,まったく無症状であった.
● 60%は下痢のみの症状であった.
1996年 堺市のO157による集団食中毒事件では,約5万人の児童が同じ汚染された給食を食べた.
● O157はこのうち550名から発見された.(食べた人の約1%)
●入院するほど重症になったのは,そのうち10%(約50名)であった.
★岡山県邑久町におけるO157集団中毒での調査
(東京医科大学の中村明子教授)「清潔度」のチエック
感染者の児童のうち,重症になった1割の子ども →みんな神経質で,「超清潔志向」に育てられていた.
同じメニューの給食を食べても,
●まったく感染しない人
●感染しても症状の出ない人(健康保菌者)
●軽い下痢ですむ人
●合併症で死の淵をさまよう人 などさまざま
1998年8月 福岡市内の保育園でO157の集団感染が発生した.
初発者1名を除く,感染者26名にはすべて症状が出ていなかった.
この保育園でのO157感染は発症する率がきわめて低かったことになる.
O157感染者は, ゼロ歳児:15名中 5名 (33%)
1歳児:20名中 9名 (45%)
2歳児:29名中 7名 (24%)
3歳児:24名中 0名 ( 0%)
4歳児:33名中 1名 ( 3%)
5歳児:32名中 1名 ( 3%)
園児153名中O157の感染者は23名で,感染率は15%であった.
このうち,下痢などの臨床症状が出たのは1歳児の1名だけであった(感染者はこの他,職員から1名,感染者と接触した者から3名.)
なぜ,たった1人(3・7%)と発症率が低かったのか?
保菌者のうち,21人は特に抵抗力の弱い3歳以下の乳幼児だったが,発症しなかったことを保健所は不思議に思った.
(保育園の特徴)
園児を冬でも裸にさせて砂場で泥んこ遊びをさせている.
給食メニューは,玄米,和食中心.たとえば,
1.ひじき納豆:2週間で13回.昼,夕,交互に毎日.
2.野菜の和え物,煮物,酢物が毎食2品以上
3.メイン料理:2週間で魚料理16回,肉4回,鶏2回.
4.漬け物(ぬか漬け)または梅干し毎回給食.
5.玄米,もち玄米,もちきび,押し麦をあわせたものを給食.
6.大豆製品,海藻が多い:大豆のオーロラ煮,大豆のカレー煮,冷奴,大豆の甘煮,納豆の和え物,高野豆腐の冷やしあんかけ,厚揚げの昆布巻き,大豆,
豆腐のごまだれ,枝豆,マーボドーフ,大豆のトマト煮,海の幸サラダ,わかめスープ,わかめの酢味噌など.
7.毎日おやつに,牛乳,ヨーグルト,いりこ.
8.卵料理がない
他の園と比較すると,
● 野菜類の摂取品目が倍
● 海藻,魚介類,ごまなどの種実類も多い(他園ではほとんどメニューにない)
● 納豆,ぬか漬け,梅干しといった発酵食品も毎日摂取
従って,
納豆や漬け物,ヨーグルトなどの「発酵食品」の摂取. → 園児の大腸内の常在細菌を活発化. → その結果O157の発症が抑えられたことが考えられる.
腸内細菌叢の研究者たちは,「健康な腸内細菌叢をもっている人」と,「そうでない人」との差を指摘している.健康な腸内細菌叢をもっている人の腸では,病原菌が増殖しにくいと考えているようだ.
●超清潔志向で腸内細菌叢の種類や数の少なくなった人
●抗生物質や抗菌剤の乱用などで腸内の細菌が少なくなった人
→おなかでは,腸内細菌の種類と数が減少している
→この時O157がおなかに入ってくると O157はその「空き家」に住みついてしまう.
食品には,その規格を定めた基準があり,食品の製造においては,成分規格,製造・加工・調理基準,保存基準が守られなくてはならない.加工食品の微生物規格基準が法律で決められている食品については,食品の製造工場では,これを満たしていることを確認したうえで,製品を出荷している.
たとえば,以下のような規格基準がある.
・一部の例外を除いては,抗生物質を含んではならない.
・DNA組み換え食品を含む場合には,安全性の審査の終わったものでなくてはならない.
・一部の例外を除き,放射線を照射してはならない.
・生乳の加熱殺菌は,62℃,30分間以上行わなくてはならない.
といった規格基準がある.
さらに,食品の安全性を確保するため,食品別に以下のような厳しい規格基準が定められている.
(成分規格)大腸菌群: 検出されてはならない
ヒ素,鉛,カドミウム: 検出されてはならない
(製造基準)使用する水は飲用に適した水であること
一般細菌: 1mlあたり,100個以下であること大腸菌群: 検出されてはならない
重金属類,フェノール類: 基準値以下でなくてはならない.
・殻付き卵(生食用): 保存温度,品質保持期限表示が必要
・殺菌液卵 : サルモネラ菌 検出されてはならない
・未殺菌液卵 :細菌数 1グラムあたり100万個以下 など
・乾燥食肉製品 :大腸菌 検出されてはならない
・非加熱食肉製品:大腸菌 1グラムあたり100個以下
黄色ブドウ球菌 1グラムあたり1000個以下
サルモネラ菌 25グラムから検出されてはならない
・加熱食肉製品
・ 容器に入れた後,殺菌したもの:
大腸菌群 3グラム中に検出されてはならない
クロストリジウム属菌 1グラムあたり1000個以下
・ 加熱殺菌後,容器に入れたもの:
大腸菌 0.5グラム中に検出されてはならない
黄色ブドウ球菌 1グラムあたり1000個以下
サルモネラ菌 25グラム中に検出されてはならない
●冷凍食品
・加熱しないで食べる冷凍食品: 細菌数 1グラムあたり10万個以下
大腸菌群 0.02グラム中に検出されてはならない
・加熱して食べる冷凍食品(凍結する直前に加熱されているもの):
細菌数 1グラムあたり10万個以下
大腸菌群 0.02グラム中に検出されてはならない
・加熱して食べる冷凍食品(凍結する直前に加熱されているもの以外):
細菌数 1グラムあたり300万個以下大腸菌 0.03グラム中に検出されてはならない
・生で食べる冷凍魚介類:細菌数 1グラムあたり10万個以下
大腸菌群 0.02グラム中に検出されてはならない
上記のような規格が守られた食品がスーパーマーケットや小売店に並んでいるはずである.製品の最終的な規格を調べるため,食品は,いったん倉庫に保管され,基準を満たしていることが確認されてはじめて出荷され,小売店に並ぶことになる.このような規格基準,特に微生物の基準を満たしていることや規格基準で定められた細菌以外にも食中毒細菌の存在が早く分かると,食品製造会社にとっては,良い製品は早く出荷でき,倉庫に製品を保存している時間が短縮される,また,当然,危険な食品は出荷しないで済むことになる.これは,私たち消費者にとっても大きなメリットで,新鮮な製品を買うことができる.
それでは,食中毒細菌をはじめとして,食品の細菌検査はどのように行われているのだろうか?
現在行われている食品の細菌検査は,培養によって菌を増やし,できたコロニー(菌の塊)の色や生化学的な性質を調べる方法である.
たとえば,サルモネラ菌の検査は,このように行われている.(目で見る食品衛生検査法,中央法規出版,1989年)
この方法では,サルモネラ菌がいないことを確認するのに3〜4日間を必要である.このため,大学の研究室,国や都道府県および市の衛生研究所,民間の研究所および食品製造会社の研究所などでは,食中毒を起こす細菌や食品を腐らせる細菌を早く,確実に見つけ出す方法の研究や開発が行われている.以下のような簡易迅速法が開発されつつある.
●従来法の簡易化・迅速化・自動化
●新規選択培地・発色培地の開発
●特定酵素活性検出法
●メンブランフィルター法
●顕微鏡観察法
●フローサイトメーターによる計数法
●電気的検出法
●免疫学的検出法
●ATP法
●DNA-DNAハイブリダイゼーション法
●PCR法
これらの中のいくつかについて説明する.
従来,手作業で行っていた培地の作製,試料の採取,計量,調製,塗抹または接種,培養,コロニー数の測定,細菌の同定といった操作を自動的に行うための機器が開発されている.また,器具や装置類の表面の細菌検査の簡易化を目的としたスタンプ状の培地や培地成分をしみ込ませた種々の細菌用簡易検出紙およびシート状の培地も販売されている.
栄養源の利用性の違いなどに基づく新しい培地や新しい色素を添加した寒天培地なども継続して開発されており,サルモネラ,大腸菌群,大腸菌,腸管出血性大腸菌O157などをコロニーの色で判別可能な種々の培地が市販されている.(Merck微生物マニュアル,メルクジャパン株式会社,1993年 より)
細菌はいろいろな酵素を菌体内に持っていて,この酵素の働きで,栄養素を分解,利用して増えることができる.これらの酵素の中には,すべての細菌が持つものもあるが,ある特別の細菌だけが持つ酵素もある.たとえば,大腸菌が含まれる腸内細菌の仲間は,ほとんどみんなガラクトシダーゼという糖を分解する酵素を持っているが,グルクロニダーゼという酵素は,大腸菌だけしか持っていない.グルクロニダーゼの働きで色が変わるような物質を加えた培地を使うと,大腸菌のコロニーだけを見つけることができる.
細菌も生物なのでDNAを持っている.このDNAを蛍光色素で染めて色をつけ,蛍光顕微鏡で観察して,菌の数を直接数える方法がある.この菌数の測定法は,比較的簡便な操作で短時間に結果を得ることができる.また,傷ついた菌のDNAは染色できるが,元気な菌のDNAは染色できない色素とどちらの菌のDNAも染色できる色素を使うと元気な菌と傷ついた菌を同時に違う色に染めて見ることができるので,元気な菌の数だけを数えることができる.
私たち体の中には,細菌やウイルス,ガンなどから生命を守るための免疫系の細胞(以下免疫細胞)がある.細菌が体内に入ってくると,このうちのB細胞が「抗体」という武器(ミサイルのようなもの)をせっせと作る.抗体は一種のたん白質で,1つの抗体につき1つの「敵の目印(抗原)」としか結びつかない.また理論上ではその種類はおよそ1億種類(!)できると言われている.このように大腸菌O157だけに結合する抗体,サルモネラ菌だけと結合する抗体など,いろいろな種類の抗体が作られる.このような抗体を使って,特定の細菌の検出ができる.
抗体を使った検査法には検出法の違いにより種々の方法がある.たとえば,目的の細菌にだけくっつく抗体を結合させたプラスチックの粒子は,検査する試料中の細菌あるいは毒素との抗原抗体反応により凝集し,塊ができる.この塊は肉眼で判定でき,試薬の添加から判定までの時間は短い.本法による腸管出血性大腸菌O157,サルモネラ菌,カンピロバクター,黄色ブドウ球菌,食中毒細菌の作る各種のエンテロトキシン,ベロ毒素などの検出キットが市販されている.
動物や植物の細胞と同様に,細菌は,その種類ごとに特別のDNAの塩基配列をもっている.PCR法は,その特別なDNAの部分をDNA合成酵素を使って増やして食中毒菌を検出する方法である.少数の菌から取り出したDNAを目で見ることはできないが,このくらいの量のDNAさえあればPCR法を行うことができる.DNA合成酵素による反応は速いので,2時間の反応で,もとのDNAを約100万倍まで増やすことができる.近年,使用する装置や酵素の価格が安くなったため,この方法は様々な分野で利用されるようになった.食品の細菌検査においても,様々な種類の食中毒細菌に特異的な遺伝子および毒素の遺伝子をPCR法で増やして検出する検査法が作られ,一部は市販されている.
大腸菌O157による食中毒は日本全国で発生しているが,たとえば,九州で発生した大腸菌O157食中毒と北海道で発生した大腸菌O157食中毒では,原因となった大腸菌O157は同じ種類の菌であることもあるし,違う種類の大腸菌O157であることもある.このように大腸菌O157にもいろいろな種類がある.私たちの研究室では,いろいろな種類の大腸菌O157が共通に持っているDNAの塩基配列を見つけだし,この部分をPCR法で増やして,ほとんどすべての大腸菌O157を検出できるPCR法を開発している.
一般に,PCR法では,反応が終わった後,反応液を寒天の中に入れて電気を流すと,含まれているDNAの大きさの順に分かれ,同じ大きさのDNAは同じ場所に並ぶので,増えたDNAを目で見ることができる.次ページの下段の写真のように,色々な種類のO157では,特別なDNAの部分がPCR法で増えるが,同じ大腸菌でもO157以外の菌では,何も増えない.
また,私の研究室では,サルモネラ菌が特異的にガラクチトールという糖を栄養源として利用できることに注目し,ガラクチトール分解の初めの段階で働くガラクチトール-1-リン酸脱水素酵素(GATD)遺伝子のDNAの配列を決定した.この決定した塩基配列の中で,サルモネラ菌に特徴的な部分を発見し,この部分をPCR法で増やしてサルモネラ菌を検出する方法も開発している.24種類の人に食中毒を起こすサルモネラ菌とサルモネラ以外の細菌でPCR法を行って増えたDNAを見ると,下の写真のように,サルモネラ菌は,すべての種類でDNAが増えるが,サルモネラ以外の細菌では何も増えない.
2000年の食中毒発生状況を,食中毒の発生した施設別にまとめたのが,次の表である.これから,事件数では,食中毒の発生した施設,場所が分からない場合が一番多いが,施設が分かったものの中では,飲食店に次いで,家庭での食中毒事件の発生が多いことが分かる.また,死者のでた施設も,家庭で2人,事業所および飲食店で1人づつであった.給食施設,飲食店における食中毒防止のための衛生管理が重要であることは言うまでもないが,家庭においても食中毒の予防,衛生的な食品・調理器具の扱いについて十分に心がけるべきである.
食中毒防止のために,家庭では以下のことがらに気をつけるようにする.
・生鮮食品は鮮度の良いものを購入する.・加工食品は消費期限を確認して購入する.
・肉や魚の汁などが漏れないようにして,できるだけ早く持ち帰る.
・冷蔵庫内は7割程度を限度に,清潔に食品を入れる.・肉や魚の汁が他の食品を汚染しないように気をつける.
・食品は直接床に置いたりしない.
・調理前はもちろん,調理中でも,生肉,鮮魚,卵などにさわった後は,手を洗う.・生肉や鮮魚を切った後のまな板や包丁は,洗った後,熱湯をかけて殺菌する.
・清潔なタオル,フキンを使用し,調理台の上も清潔に保つ.
・熱の通りにくい部分が75℃で1分間以上保たれるように加熱する.
・食事前には手を洗う.・暖かい料理は65℃以上,冷たい料理は10℃以下に保つ.
・調理後の食品を室温に長く置かない.
・残った食品は早く冷えるように小分けして保存する.・再加熱する場合は75℃以上になるようしっかり加熱する.
食中毒になったときに症状が重くなる小さな子供たちや高齢者を食中毒の危害から守るためには,食品の製造や流通に関わっている企業では,食中毒細菌や食品の腐敗を引き起こす細菌や細菌の作った毒素の制御と管理を確実に行うことが求められている.このために,食品の細菌検査を簡易化・迅速化するために色々な方法が現在,研究・開発されている.今後もさらに高感度な分析装置が作られ,さらに新しい検査方法なども開発されると思われる.
どんなに食品を取り扱う施設の環境が整備されても,食品を取り扱う人の食品衛生に対する意識が高くならない限り,食中毒はこれからも無くなることはない.給食施設,飲食店はもちろん,一般の家庭においても,調理や食品の保存など食品の取り扱いについて正しく理解し,実行することが重要である.