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第8回セミナー

日時 2024年11月11日 (月) 13:00 ~
会場 九州大学伊都キャンパス ウエスト5号館232室 大講義(会議)室
講演者 大門 高明 先生 (京都大学 大学院農学研究科 応用生物科学専攻 昆虫生理学分野 教授)
演題 ゲノム改変技術で解き明かす昆虫の変態の生理基盤
要旨
昆虫は、地球上で最も繁栄している動物群の一つであり、生存のために多様な生理・生態的適応を発展させてきた。その中でも、「変態」の獲得は、昆虫の大繁栄における最も重要な要因である。では、昆虫の変態はどのように進化し、どのように制御されているのだろうか。これは昆虫学における最も根源的な問いの一つである。

昆虫の変態は、幼若ホルモンによって制御され、このホルモンは変態を抑制する。これは1930年代にはじまる昆虫生理学における古典的な知である。しかし、幼若ホルモンの生合成やシグナル伝達機構に関する分子レベルの理解は長らく遅れており、近年までその多くが未解明のままであった。

このような背景のもと、私たちの研究グループは、ゲノム編集技術を用いて昆虫の変態における内分泌制御機構の研究を進めている。本セミナーでは、カイコの2眠蚕変異体の原因遺伝子の同定と機能解析、ノックアウトカイコを用いた蛹化能力獲得機構の解析、カイコ幼虫の脱皮回数を制御するM遺伝子座の実体解明に関する研究成果を紹介し、以下の知見について報告する。(1)カイコの若齢幼虫には蛹化能力がない、(2)変態には変態する能力を獲得するプロセスが必要である、(3)Hox遺伝子が生物発生の「時間情報」をも制御している。

さらに現在は、これらの研究を昆虫の変態の進化プロセスの解明に発展させることを目指している。幼若ホルモンの抗変態作用は昆虫に特有の「後付け」の機能であり、他の節足動物(甲殻類・多足類・鋏角類)では見られない。節足動物における祖先的な成長シグナルとは何か。なぜ昆虫だけが幼若ホルモンという単一の化学物質に依存して幼虫から成虫へと移行するのか。これらの問いに答えるための研究を進めている。

これらの研究を進めるためには、非モデル昆虫における遺伝子機能解析技術の開発が不可欠であった。そのため、高効率な遺伝子ノックアウト・ノックイン技術やエンハンサー編集による形質制御技術など、昆虫のゲノム編集技術の高度化に取り組んできた。近年、成虫への注射を利用したゲノム編集法であるDIPA-CRISPRを開発し、これまで利用が限られていた昆虫のゲノム編集技術の適用範囲を大幅に広げることができた。昆虫科学の対象は、洗練されたモデル生物だけでなく、非常に多様で雑多な昆虫群である。本技術が広く普及し、昆虫科学の発展を支えるツールとして役立つことを期待している。