基盤研究(C)「相利共生的な種子食昆虫の多様性と保全」(2007-2009年)研究成果        English                         image001.jpg

マメ科と昆虫のデータベース(LIB

1.研究開始当初の背景

種子食昆虫のなかでも、マメゾウムシ亜科昆虫に注目する意義

 寄主植物との密接な関係: 一般に内部組織食は狭食性で、特定の植物のみを食べるよう進化している。種子内食のマメゾウムシも単〜狭食性で、普通1種子で発育する。さらに食害部は子葉に限られるためかえって種皮に穴を開けることで発芽を助けるなど植物との相利共生的な関係もあることが最近、複数のマメゾウムシで報告されている。

 多様な生活史: 増殖率があまり高くなく、他の種子食昆虫のゾウムシ類や小蛾類との種間競争にも弱いため絶滅の危機に曝されやすい。反対に、一部のマメゾウムシは分散後の乾燥した種子を利用する性質をあわせ持ち、寄主植物がダイズ、アズキ、ラッカセイなどの作物の場合は収穫後の乾燥種子を利用して世代を繰り返し、貯穀害虫化する。

 このように多様な種を含むマメゾウムシ亜科は、寄主植物の繁殖に貢献する相利共生種を検出・保全しつつ、害虫の台頭を予防・防除する目的で、その寄主植物との関係の多様性と進化を解明する重要性の高い昆虫群である。

 

研究代表者のこれまでの研究成果と着想の経緯

 研究代表者は次のような経緯から、種子食者の寄主多様化(多食化)は、種子の形態形質(硬さおよび大きさ)と生態形質(変動パターンおよびフェノロジー)によって決定されていると考えるに至った。

 乾燥種子食性の進化: Callosobruchus属では、乾燥種子食性は生息地の気候(長い乾季)によって進化する(Tuda et al. 2006)。また、利用する寄主植物の分類群も、気候の次に重要である。しかし、特に寄主植物のどの形質が乾燥種子食性を進化させるのか、またマメゾウムシ全般についても気候と寄主植物が乾燥種子利用進化を促進するのか、は未解明である。

 種子生態と食性進化: 年平均種子生産が低い植物を複数ダイエットメニューに持つ(=多食性の)マメゾウムシと、年平均種子生産が高い植物を単食するマメゾウムシに分類されることが判明した(Tuda, Szentesi and Jermy, unpubl.)。Bruchus属の1種は、早春に種子形成する複数種のマメ科草本のみを多食する(Tuda, pers. obs.)。よって、種子の変動パターンとフェノロジーが種子食昆虫の食性に影響すると考えられる。

 種子形態と食性進化: Bruchus属では、寄主種子の硬さとそれを利用するマメゾウムシの穿孔能力は正の相関があり、種子食昆虫側が植物の防御形質に対し対抗進化していることが判明した(Tuda and Takahashi, unpubl.)。大きさについては、Callosobruchus属の1種について産卵選好性が種子サイズに相関するという実験結果が得られている(Buranapanichpan and Tuda, unpubl.)。数理モデルでは、種子が大きく硬い場合は、穿孔コストのため浅くしか穿孔しない種子食者タイプと種内競争で有利な深く穿孔するタイプが進化的安定共存するが、小さく軟らかい種子では競争に強いタイプの単型が進化する(Tuda and Iwasa 1996; 津田 2006; Tuda and Sasaki 2006)。よって、種子の硬さや小ささに対抗する形質(穿孔能力や小型化)を種子食者は進化させていると考えられる。

 

2.研究の目的

種子食者(マメゾウムシ)による寄主の発芽援助という相利共生関係を進化させた主要因を解明する。まず、種子発芽を促進するマメゾウムシは少数しか調べられていないため、その一般性を広範な種で調べる。その上で、種子の形態(サイズ・硬さ)や生態および、マメゾウムシの体サイズの候補要因のなかで、相利共生関係の進化にもっとも寄与した要因を、分子系統樹を用いた進化モデルによって解析する。

植物−昆虫相互作用の多様性に関する次の進化仮説を検証する。

 (a) 体サイズと食性幅の正の関係(Wasserman and Mitter 1978

 (b) 資源サイズと種多様性の関係(負または正)(Janzen 1969; Szentesi and Jermy 1995

 (c) 乾燥種子利用と気候・寄主の影響(Tuda et al. 2006

 種子食昆虫の種子発芽率への影響を、多様な木本・草本植物において広く検証することで、植物−昆虫間の共生的または敵対的な関係の実態が明らかになる。

 種子の様々な形態・生態形質が、いかに植物−昆虫間相互作用の多様性に寄与しているかについての実証研究は、草本・木本のマメ科の間で相反する報告があり、その実態は未解明だが(Janzen 1969; Szentesi and Jermy 1995)、生育形態の異なる分類群を統合することによって、複数要因間の変異が生じ、相対評価が容易になる。分子系統関係を考慮した比較生態によって複数要因間の関係を相対評価するアプローチは、近年発達した分子系統学および関連統計手法によって可能になった(Becerra 1997; Tuda et al. 2006)。本研究課題は、これに加え、継続的な調査でしか得られない変動データと、これまで蓄積してきた標本を利用した種横断的形質データを生かした種間比較により、初めて説得力の高い総合的食性進化機構の解明に挑む。さらに本課題は、どの種を優先的に保全すべきかの意思決定の拠り所となる基礎的な科学データを提供できる。

 

3.研究の方法

 これまでの海外調査で採集したマメ科種子について食害(低・高)・非食害・寄生蜂被寄生に分けて種子サイズと硬さを測定後、恒温状態で1カ月ほど発芽実験を行った。さらに、国内で追加採集した種子についても同様の実験を行った。種子から羽化したマメゾウムシについても体サイズと1令幼虫の穿孔距離を測定した。ソラマメ連とBruchus属マメゾウムシの分子系統樹を複数の遺伝子領域の塩基配列に基づき推定した。植物と植食者(種子捕食者)が共生的か否かを左右する要因は、1年生/多年生、種子サイズ・硬さ・数、虫サイズ、祖先形質のどれかを統計検定した。

 

4.研究成果

種子食昆虫マメゾウムシが幼虫期に死亡(自然死または被寄生死)した食害度の低い種子の場合、種子サイズは大きいほど発芽しやすいことが確認された。一方、マメゾウムシによる食害と種子サイズの関係はより複雑で、種によって異なった。小さい種子ほど食害されやすい種のなかには複数のマメゾウムシ種が加害するものが多く、反対に大きい種子ほど食害されやすい種では1種のマメゾウムシだけに加害されるものが多かった。

さらに小さい種子ほど寄生蜂に寄生されやすく、産卵管の届く大きさの種子の内部にいる寄主を、寄生蜂が選択的に寄生していると考えられた。

マメゾウムシが成虫羽化に至るまで最大限に食害した種子を用いて発芽実験を行った場合、タイで実験に用いた22種のマメ科種子のうち半数強の種のみが発芽し。ハンガリーでも、実験に用いた8種のうち半数種のみが発芽した。食害種子は発芽しなかった。非食害種子のみに注目すると、発芽率は、採集年や形態(草本か木本)の影響はなく、系統の効果(亜科間または属間の違い)があった。

ソラマメ連(Vicia属、Lathyrus属、Pisum属)の種子サイズとBruchus属マメゾウムシの体サイズは強い正の相関があり、これまでに報告されている一部の種子内部食昆虫と資源サイズの関係を裏付けた。さらに、Bruchus属マメゾウムシの幼虫穿孔力と成虫体サイズの間に正の関係が認められ、大きいほど深く穿孔できることが判明した。

植物−昆虫相互作用の多様性に関する2つの進化仮説を、これらマメ科種子とマメゾウムシの関係において検証した。その結果、体サイズと食性幅の正の関係は棄却された。資源サイズと種多様性の負または正の関係も棄却された(津田ら 2009)。

タイ産Bruchidiusの新種1種を記載し、これを含むBruchidius第一群を雄交尾器形態によって再定義し、この群がネムノキ亜科と強く関連(寄主利用)することを明らかにした(Tuda 2008)。

ハンガリー産Bruchus属マメゾウムシが種子捕食するソラマメ連のマメ22種の分子系統樹を、研究代表者が塩基配列決定したITS1, trnL, matK領域(計4,057bp)に基づきベイズ法によって推定した。LathyrusPisum属、Vicia属はそれぞれ別のクレードを作ることが確認され、さらにVicia属は2つのクレード(亜属)に分岐した。マメゾウムシと共生的関係にある(捕食が種子発芽を促進する)ことが判明したマメ2種は、これらVicia属の2クレードに配置された。一方、共生的マメゾウムシ2種は、研究代表者らが推定した分子系統樹(Kergoat et al. 2007)において3クレードのうち2つにそれぞれ配置された。本研究課題で得たデータを総合すると、植物と植食者(種子捕食者)が共生的か否かを左右する要因は、1年生/多年生、種子サイズ・硬さ・数、虫サイズ、祖先形質のどれでもなく、種子捕食者の種数が1種(スペシャリスト/ジェネラリストには非依存)の場合だった。最も共生的だったマメ(東欧産Vicia種)とマメゾウムシの組み合わせでは、無傷種子の発芽は不可能で、種子あたりの産下卵密度が最も高く、また他のソラマメ連の種との同所確率が最も低かった。このマメは、共生者による発芽援助や競争種の少ない林縁部が種の存続に必須であり、このような生息地の保全の必要性が示唆された。

 

5.主な発表論文等(2007-2010年)

 

〔学術雑誌論文〕(計10件)

査読あり

1.             Arnqvist, G., Dowling, D.K., Eady, P., Gay, L., Tregenza, T., Tuda, M. and Hosken, D.J. The genetic architecture of metabolic rate: environment specific epistasis between mitochondrial and nuclear genes in an insect. Evolution, in press.

2.             Arnqvist G, Tuda M. (2010) Sexual conflict and the gender load: correlated evolution between population fitness and sexual dimorphism in seed beetles. Proceedings of the Royal Society B 277, 1345-1352.

3.             Yanagi S, Tuda M. (2010) Interaction effect among maternal environment, maternal investment and progeny genotype on life history traits in Callosobruchus chinensis. Functional Ecology 24, 383-391.

4.             Tuda, M., Wu, L.-H., Tateishi, Y., Niyomdham, C., Buranapanichpan S., Morimoto, K., Wu, W.-J., Wang, C.-P., Chen, Z., Zhu, H., Zhang, Y., Murugan, K., Chou, L.-Y., Johnson, C.D. (2009) A novel host shift and invaded range of a seed predator, Acanthoscelides macrophthalmus (Coleoptera: Chrysomelidae: Bruchinae), of an invasive weed, Leucaena leucocephala. Entomological Science 12, 1-8.

5.             Ayabe, Y., Tuda, M., Mochizuki, A. (2008) Benefits of repeated mine trackings by a parasitoid of tortuous feeding pattern of a host leafminer. Animal Behaviour 76, 1795-1803.

6.             Tuda, M. (2008) A new species of Bruchidius (Coleoptera: Chrysomelidae: Bruchinae) from Albizia in Northern Thailand and a review of Bruchidius Group 5. Zoological Science 25, 451-454.

7.             Tuda, M. (2007) Applied evolutionary ecology of insects of the subfamily Bruchinae (Coleoptera: Chrysomelidae). Applied Entomology and Zoology 42, 337-346.

8.             Kergoat, G.J., Silvain, J.-F., Delobel, A., Tuda, M., Anton, K.-W. (2007) Defining the limits of taxonomic conservatism in host-plant use for phytophagous insects: Molecular systematics and evolution of host-plant associations in the seed-beetle genus Bruchus Linnaeus (Coleoptera: Chrysomelidae: Bruchinae). Molecular Phylogenetics and Evolution 43, 251-269.

9.             Tuda, M. (2007) Understanding mechanism of spatial ecological phenomena: a preface to the special feature on Spatial statistics. Ecological Research 22, 183-184.

10.          Kergoat, G.J., Silvain, J.-F., Buranapanichpan, S., Tuda, M. (2007) When insects help to resolve plant phylogeny: evidence for a paraphyletic genus Acacia from the systematics and host-plant range of their seed-predators. Zoologica Scripta 36, 143-152.

 

 

〔学会発表〕(計16件)

1.             津田みどり, 和田志乃, Ah Nge Htwe, 被食者の遺伝的多様性が被食者−捕食者系の持続性に与える影響,日本生態学会大会, 2010.03.17.

2.             Tuda, M., Genetic diversity of Torymus species among islands off Kyushu., Japan-Italy International Symposium on Biological Control of Chestnut Gall Wasp, 2009.11.24.

3.             Tuda M, Evolutionary diversification of bean beetles: climate-dependent traits and development associated with pest status., Journal of Experimental Biology Symposium: Survival in a Changing World, 2009.08.03.

4.             山中武彦・手柴真弓・堤隆文・津田みどり, 果樹カメムシ誘導防除の可能性と被害の空間解析,日本応用動物昆虫学会大会, 2009.03.29.

5.             Byeon, Y.-W., Tuda, M., Takagi, M., Kim, J.-H., Kim, Y.-H., 実験室内におけるモモアカアブラムシの寄生蜂チャバラコバチの空間分布と機能の反応, 日本応用動物昆虫学会大会, 2009.03.28.

6.             横田安由美、津田みどり、高木正見,リアルタイムPCRを用いた多食性捕食者タイリクヒメハナカメムシ腸内の被食ミナミキイロアザミウマの定量化,日本応用動物昆虫学会大会,2009.03.30.

7.             津田みどり, S. Buranapanichpan, Z. Basky, 種子食昆虫による発芽援助:その一般性および種子サイズ・食害度との関係, 日本生態学会大会, 2009.03.21.

8.             柳真一、津田みどり, 密度依存的な母性効果における生活史形質の遺伝的発現,日本生態学会大会, 2009.03.19.

9.             津田みどり、川平清香、山道真人、佐々木顕, 軍拡競走:コンフリクトと逃げる・追いかける進化,個体群生態学会大会, 2008.10.18.

10.          櫻井玄、柳真一、下村健司、津田みどり, Callosobruchus属における触角節数の集団内多型,個体群生態学会大会, 2008.10.19.

11.          綾部慈子、津田みどり、望月敦史, 潜葉虫とその寄生蜂の間の拮抗関係:潜葉虫食痕パターンの防衛効果と食痕を辿る寄生蜂の寄主探索戦略,個体群生態学会大会, 2008.10.18.

12.          黒岩志穂里、津田みどり、高木正見, 温州ミカンの害虫ヤノネカイガラムシの空間動態:空間配置と植物の質の効果,55回日本生態学会大会, 2008.03.

13.          綾部慈子, 津田みどり, 望月敦史, 潜葉虫寄生蜂における最適採餌戦略 〜観察結果のシミュレーションモデルによる検証〜, 55回日本生態学会大会, 2008.03.

14.          津田みどり, 山田直隆, G.J. Kergoat, G.J. Kenicer, Z. Gyorgy, A. Szentesi, T. Jermy, 東欧産マメゾウムシの寄主決定要因:植物の形態、化学・季節生態、系統の効果, 55回日本生態学会大会, 2008.03.

15.          Tuda, M., Kuroiwa, S., Kozaki, Y., Takagi, M., Spatial population dynamics of the arrowhead scale, a pest of unshiu orange: testing the effect of spatial configuration and plant quality, The 23rd Symposium of Population Ecology, 2007.10.

16.          Tuda, M., Induction of chaos by an introduced species to a pest-enemy system: Analysis of nonlinear population dynamics data., The 2nd International Workshop on Ecological Informatics of Chaos and Complex Systems- Spectral Imaging for Ecosystem Modelling, 2007.09.