動物の性はゲノム上の性決定遺伝子で決定されますが、生殖腺の分化にはクロマチンの構造変化および、さまざまな転写因子が関与します。生殖器官内で、精(卵)母細胞は、減数分裂を経て半数体の生殖細胞となりますが、さらに形態的変化(精子変態、卵黄の蓄積等)を完了し、成熟過程(排精,排卵)を経て、初めて受精および発生が可能となります。このような生物界に共通な基盤である生殖細胞の構造・形成機、および成熟過程の分子機構を、魚類(キンギョ、ゼブラフィシュ,トラフグ)を実験材料に用いて解析しています。手法としては分子生物学、細胞生物学を用いていますが、技法は必要であらば一から構築していくのが基本と考えています。下記の研究内容を見て、興味を持たれた方は山口までご連絡ください。少人数ですが、責任の持てる研究を進めていきます。  
 
 (1) 卵母細胞核に関する研究: 無セキツイ、セキツイ動物の卵母細胞の核は巨大であり、卵核胞(germinal vesicle)と呼ばれます。このような巨大な核は初期発生に必要なタンパク質を大量に蓄えるという役割を担っていますが、その構造および機能は全く解明されていません。我々はすでに核膜を裏打ちする核ラミナを構成する中間径繊維タンパク質であるラミンを魚類から初めて単離、精製、およ GV
 
びその遺伝子のクローニングに成功しています。卵核胞を構成するラミンはラミンB3と呼ばれます。魚類・両生類・鳥類までは保存されていますが、哺乳動物は遺伝子そのものが失われてしまいます。このラミンB3を足がかりに、魚類特有の卵母細胞の核構造ネットワークの構築機構について研究しています。  
 
卵成熟および卵質に関する研究 (2) 卵成熟および卵質に関する研究: 卵母細胞は細胞周期のG2期に停止していますが、脳下垂体から分泌される生殖腺刺激ホルモン(GTH)により、濾胞細胞から卵成熟誘起ホルモン(MIS)が分泌され最終的に、卵細胞質内で卵成熟促進因子(MPF)が活性化し卵成熟が進行します。MPFはプロテインキナーゼであり、タンパク質のリン酸化が卵成熟過程での細胞周期の移行(G2期からM期)に必要不可欠です。しかしMPFの下流でどのようなシグナル伝達が行われているかは解明されていません。M期には核膜崩壊、核ラミナの脱重合、染色体の凝縮がおきます。この中でもまず、ラミナ脱重合を支配するラミンキナーゼとMPFとの関係を解析しています。脊椎動物で、卵成熟での核膜崩壊機構はまだ、明らかにされていません。魚類と他動物種との相違点を明らかにしたいと考えています。 最近、Invitroで魚類卵母細胞型ラミンB3にある特異的モチーフを認識し、リン酸化する新規キナーゼの同定に成功しました。そのキナーゼはSRPK1(serine-arginine rich protein kinase 1)と呼ばれるキナーゼで、主にmRNAスプライシングを制御する酵素として知られていたものでした。魚類の卵母細胞型ラミンにはRSに富む領域(モチーフ)があり、核(GV)を裏打ちするときなど普段は凝集活性が高いのですが、SRPK1はその部位に高い親和性で結合し、cdc2標的部位をリン酸化し、ラミン蛋白質を柔らかくするようです。 しかしこのリン酸化はG2期で行われるようで、In vivo M期での役割についてはまだ不明です。CLK4 などの他のSRキナーゼとともに現在卵成熟との関係を調査しています。Yamaguchi et al., FEBS OPEN BIO 3, 165-176 2013 )
SRPK1は、GV型ラミンB3のRSモチーフに高い親和性により結合する。結合するとRSの長さに依存して遠位にある標的セリンを自らの活性部位に引き寄せリン酸化するものと考えられた。RSの長さと標的部位までのアミノ酸残基数は魚種によって異なる。この距離はそれぞれの魚種の核の凝集活性(GVBDの起こりにくさ)とリン酸化による脱凝集(GVBDの起こりやすさ)のバランスを維持するために都合の良いシステムと考えられる。
 
 
 (3) 海産魚の性決定、性分化のしくみに関する研究: トラフグは脊椎動物の中でもゲノムサイズが一番小さく遺伝情報が整備された魚種です。また、特に精巣が白子として重宝されオスの価値が高いことで知られています。トラフグもヒトと同様、受精時に性は決定されますが、性がふらつく可塑的期間があります。最近の研究からこの時期に稚魚をホルモン合成阻害剤で処理をすると、すべて精巣をもつことがわかってきました。このような魚類特有の性分化がどのように調節されているのかを分子レベルで解析しています。エストロゲンは女性ホルモンとして知られていますが、実際は様々な役割を担う物質で、テストステロンからアロマターゼと呼ばれる酵素によって変換されます。。哺乳動物では1種類なのですが、魚類には脳型、卵巣型の2種類のアロマターゼが存在することが知られ、現在は特に、脳型アロマターゼについて生化学的手法を用い解析しています。エストロゲンは受容体(エストロゲンレセプター)と結合し、様々な生理機能を発揮します。脳でのエストロゲンの機能については、哺乳動物や鳥類で研究が進んでいます。特に脳の性分化や繁殖行動との理解が進んでいます。哺乳動物の脳では神経細胞にあるアロマターゼが機能を担いますが、魚類ではラジアルグリア細胞と呼ばれる神経細胞以外の細胞がその役割を担います。魚類では神経細胞の可塑性が高く、成体になっても神経修復・再生が行われます。その要因の一つがラジアルグリア細胞の高いアロマターゼ活性に起因するものと考えられています。現在、トラフグ脳型アロマターゼの発現細胞、およびエストロゲン受容体の分布・関連性について研究を行っていいます。
 
 
トラフグの性決定と性分化の流れ  
 
トラフグ稚魚をホルモン合成阻害剤で処理し、生殖腺(70日齢)を観察した。阻害剤処理をした遺伝的メスの生殖腺では卵巣腔が形成されず(精巣化した卵巣)、 この後完全な精巣へと分化する。矢尻は生殖腺、米印は卵巣腔を示す。
 
 
 (4)稚魚の色覚と成長および性分化に関する研究: 平成22年度から、トラフグ稚魚の色覚と性分化に関する研究を始めました。魚類はご存じのとおり、様々な彩色をした種類が多く存在し、また色受容体の数や種類ももヒトよりも発達していると考えられています。魚類にとっては眼という器官は生存するためにとても重要であり、進化的も眼の機能獲得と摂食行動の関係はカンブリア爆発でよく知られている事実です。稚魚も生まれた時からその生まれた位置や場所を知り餌をとるために移動していかなくてはなりません。実験魚としてトラフグを用い、稚魚の色に対する感受性と成長・行動を調査しています。まだ研究は中途ですが、決して色鮮やかでないトラフグ稚魚が明らかに色を感知していることがわかってきました。今後は更に深く研究を進め、基礎的には色が支配する様々な脳の生理活性やホルモン機構、また応用として色波長を利用した行動制御を利用した効率的な稚魚飼育法を開発していく予定です。    
     
飼育実験は津屋崎にある水産実験所で行っています。受精卵から稚魚までは屋内水槽で、また受精卵から飼育した3年目までのトラフグも野外水槽で飼育しています。飼育は苦労しますが、生き物を知り解析するアイデアを得るうえで大切なプロセスです。現在、4年生の学生さんには飼育や解剖などのサンプル調製を手伝ってもらっています。左の写真はトラフグ稚魚を飼育している水槽です。トラフグは3原色(赤、青、緑)の色受容体を持っており、ヒトと似た色覚システムをもっているかもしれません。今年度は、4月から8月まで色照射による行動等を解析しています。赤い色を見続けたら、あなたならどうなりますか。一方、青い色では?
 
 
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