主要な研究内容

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多様なカイコのルーツと進化に関する研究

ー 様々なカイコはどのようにして誕生したのか ー

カイコのルーツとシルクロード

カイコはおよそ6000年前に中国で野生昆虫であるクワコが家畜化され、飼育されてきた昆虫とされます。飼育の目的は絹製品、つまり“シルク”の原料となる生糸を繭(まゆ)から得ることでした。サナギを食用にするためとした説もあります。
日本人とカイコの付き合いは、魏志倭人伝にも登場していることから少なくとも2000年と考えられています。

多様なカイコの形質

九州大学には世界から収集された800種類の様々な特徴を持ったカイコ系統が保存されています。
カイコを維持するには毎年の継代が必要であり、100年以上飼育が続けられている種類もあリます。
この様々な特徴を持つカイコを使って、カイコ品種の育成、研究が行われてきました。
また、現在も世界最大のコレクションとして役立てられています。

カイコのライフサイクル

カイコは人間によって完全家畜化された昆虫です。そのため人の手が入らないとすぐに死んでしまいます。
エサである桑の葉がない時は貰えるまでじっとその場から動きません。もしも桑の木に幼虫を放ったとしても、しがみつく力が弱いためすぐに落ちてしまいます。そして外敵から身を守る方法や攻撃手段を持たないため、すぐに死んでしまいます。そんな、人が頼りの昆虫なのです。
卵から孵(ふ)化して約50日かけて成虫になります。成虫になると羽が生えますが、品種改良によって体が重くなったため飛ぶことができません。また、口が退化して無くなるので、長くても10日ほどしか生きられません。
ちなみに、カイコは家畜であるため1匹2匹ではなく1頭2頭と数えます。

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カイコの凍結保存に関する研究 ー カイコを液体窒素中で保存する ー

普通、カイコは卵で1年ほど保存します。1年以上の保存は無理で、系統維持のためには毎年の飼育が必要です。研究室には800種類のカイコがいるので、この労力は大変です。もし、東日本大震災のような巨大災害や、火災などがあった場合には大きな被害を受けることが想定されます。そこで、ヒトや家畜で行われている生殖医療技術を応用し、長期保存の開発研究を行っています。雄の場合は精子を採取し、ストローに入れ、液体窒素中に保存します。雌の場合は未分化な時期に卵巣を摘出し、同じように液体窒素中に保存します。
卵巣は凍結後、別個体(ホスト)へ移植します。凍結後の卵巣が発達し、卵が形成されれば移植成功。
凍結しておいた精子を雌へ人工授精し、受精が確認されれば目的は達成です。

実験の現状

実用レベルに達しているが、より成功率を高める研究を行っている。また、他の昆虫への応用も行なっている。昆虫は絶滅危惧種が多いので、本方法が有効であれば、昆虫種の保全への利用も進むと期待される。

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カイコ変異体の原因遺伝子の解明 ー 形質と遺伝子を繋ぐ ー

カイコは人間が管理しているもの以外存在せず、世界でも唯一日本でのみ、系統として体系的に維持・保存されています。膨大な数のカイコが飼育される過程で、多数の自然突然変異体が発見され、遺伝学の研究材料として利用されてきました。カイコの変異体が示す形質異常は、色、形、大きさ、発育、行動など多岐にわたります。それらの変異体の原因遺伝子を同定することで、カイコの形質発現を支配する分子機構を解明するための手がかりが得られます。

例えば、皮膚が透明になる油蚕(あぶらこ)と呼ばれるカイコは田中義麿(1925)によって発見された変異体で、Z染色体49.6にマップされています。尿酸の合成は正常ですが、尿酸の細胞内蓄積に問題があリます。

od系統ではZ染色体上の遺伝子BmBLOS2(ヒトBLOS2のオーソログ)が欠損しており、それが油蚕形質の原因であることが明らかになりました。BLOS2はメラニン色素含有小胞の形成の第1段階で必要な「lysosome-related organelle complex-1 (BLOC-1) 」のサブユニットです。ヒトではBLOCに異常をきたすと「ヘルマンスキー・パドラック症候群」(HPS)を発症します。カイコのodは尿酸顆粒の形成にかかわる小胞形成に異常があるのだと考えられます。


原因遺伝子の同定方法は様々ですが、最近では次世代シーケンス解析により以前よりも簡単に原因遺伝子を同定可能になっています。原因遺伝子候補が見つかれば、ゲノム編集によって速やかにその遺伝子の機能を検証することが可能です。

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カイコの染色体異常の構造解析 ー 多動原体型の染色体がもたらす多様な変異 ー

チョウ目昆虫では、染色体上に動原体が分散して存在しているため、断片化した染色体でも後代に伝わっていくことが可能です。カイコでは、古くから放射線照射によって優良品種を作出する研究が行われてきました。その結果、雌雄を斑紋や繭色で識別可能な転座W系統などが作出されました。また、多動原体型の染色体であることを反映して、染色体の切断、断片化など、多様な染色体異常が分離・固定されてきました。染色体異常の中には、何らかの形質発現の異常となっているものがあり、染色体異常の構造解析によって、変異体の原因遺伝子を同定できる場合もあります。その一方で、個々の染色体異常の実体は、DNAレベルではほとんど明らかにされていません。そこで、次世代シーケンス技術を活用することにより、染色体異常の構造解析を進めています。
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新しいシルク素材の開発 ー 多様なカイコ資源を利用する ー

写真にある繭は、研究室に保存されている繭です。色、形、大きさは実に様々です。これらはいずれも同じ桑を食べたカイコから作られました。ではなぜ、こんなに個性があるのでしょう?答えは長年、世界のあちこちで育種されたり、突然変異が起こった結果なのです。
これらから織ったシルク製品はどんな特徴を持つのだろう?
繭の形の謎はまだ未解明であり、個性的な繊維製品や衣服を作ってみたい方にとっても、魅力的な研究テーマです。