「魚類の性と生殖」を生理および生態の両側面から解明し、成果を社会に還元することを目的として、遺伝子・分子レベルから個体群レベルまでを対象にして助手の山口明彦さんとともに研究を行っています。「海洋生物」が研究室の看板ですが本人はそれほど船に強くなく、酔い止め薬は欠かせません。現在の研究テーマは以下の7つです。一応、生理、生態、応用技術に分類できますが、内容がそれぞれ密接な関係があるので、テーマ毎に研究を進めている学生諸君もお互いの学問領域の勉強が必須となります。
トラフグ  (1) 魚類の性決定と性分化関連遺伝子: ホ乳類のSRYに続く2番目の脊椎動物の性決定遺伝子として2002年にメダカでDMYが報告されましたが、その後DMYはある種のメダカ属にのみ特有であることがわかり、未だに魚類の性決定遺伝子および性決定機構は未解明のままです。私たちはゲノム情報が整備されているトラフグを用いて、性決定と分化に関係する遺伝子の探索と解析を行っています。トラフグの飼育は餌のワムシを培養するこ
各成長段階のトラフグ
とから始め、受精卵の胚から各発達段階の仔稚魚を十分量使うことができるようになりました。
 (2) 性転換機構: 性転換は脊椎動物の中では1種の両生類を除き魚類にしかみられない現象ですが、その生理・分子機構は明らかではありません。私たちは雌性先熟魚であるホシササノハベラをモデルとして、その機構解明に取り組んでいます。この研究についてはこちらの「研究ノート」を覗いて下さい。
 (3) 雌雄の配偶子形成に関する内分泌機構: 魚類の雌雄配偶子(精子と卵子)形成は、基本的にはGnRH(生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン)、GTH(生殖腺刺激ホルモン、LHとFSHがある)、ステロイドホルモン(アンドロゲン、エストロゲン、プロゲスチンなど)の情報の流れに基づき制御されていますが、GnRHやGTHあるいはステロイドホルモンを個々に取り上げてみても、その詳細な機能は不明な部分が多くあります。また、魚類全般に共通な機構と魚種個々に異なる仕組みがあります。私たちは海産魚を対象にして、特にGTHとステロイ 内分泌連鎖
魚類の配偶子形成を制御する内分泌情報の流れ
ドホルモンの合成と作用機構に焦点を絞り研究を進めています。取り扱っている魚種はホシササノハベラ、トラフグ、マサバ、ブリ、マダイ、シロギスなどです。
マトウダイ  (4) 精巣の構造と機能: 魚類と一口に言っても形態、生態は極めて多様で、生殖に関わる諸形質も変化に富んでいます。しかし、知られている知見は魚類全体からみるとごく僅かで、さらに、雌と比較して雄の生殖に関する生物学的研究は大変少ないのが現状です。精巣の構造や精子形成過程も卵巣や卵子同様、生き残り戦略の産物として種毎に進化を遂げ現在の形があるのでしょうが、記載事例が少なく魚類全般を論じるに足りません。現在、できるだけ多岐にわたる分類群から雄のサンプルを集め、精巣の構造と
マトウダイ
A.左右精巣と輸精管
B.精巣横断面のSEM像
C.遊離する精細胞
精子形成過程を形態学的に記載していく作業に取り組んでいます。
 (5) 卵質の決定機構: 排卵後の時間経過、すなわち卵巣腔内の滞留時間に伴い卵の受精率や孵化率が低下する(排卵後過熟)ことが、水産上の重要種を含んだいくつかの魚種で知られています。排卵後過熟は良質受精卵の安定した供給が必要とされる種苗生産の現場では重要な問題になっていますが、その分子・細胞機構は一切不明です。この排卵後過熟の原因解明に向けて、ゼブラフィッシュ、ホシササノハベラ、マサバを材料に、細胞周期とアポトーシス関連の遺伝子、 トラフグ排卵後過熟
トラフグの排卵後過熟.
卵巣腔内に排卵された卵は短時間の
うちに卵質が悪化する。
およびプロテオーム解析をツールとして研究を進めています。
マサバ排卵後濾胞  (6) 排卵後濾胞の機能: 卵が成熟し排卵された後、卵巣内にはそれまで卵を包み卵の成長と成熟を制御してきた濾胞細胞層が排卵後濾胞として残ります。哺乳類ではこれは黄体として黄体ホルモン(プロゲステロン)を分泌し、子宮内の環境維持に機能しますが、体外受精である魚類では排卵後濾胞の生理機能はほとんど解っていません。現在私たちは、均質な排卵後濾胞が大量に調整できるマサバを材料としてこの研究課題に取り組み始めたところです。
マサバの排卵直後の卵と排卵後濾胞
 
 (7) 種苗生産技法の開発: 基礎研究で得られた成果の産業への応用研究として、新しい種苗生産技法の開発を行っています。具体的には水温、日長などの環境条件の調節および各種のホルモン剤(GnRH、GtH、ステロイドホルモンなど)を用いた新しい投与技術を用いて、これまで飼育下では良質の受精卵を得ることが困難であったトラフグやブリなどから安定した種苗が得られるようになりました。ホルモン剤の新しい投与技術としては、生体分解性ポリマーを担体として用いたGnRHペレットなどが挙げられます。 フグのポリマーペレット
GnRHポリマーペレットとトラフグへの投与
キアンコウの成長曲線  (8) 主要魚類の資源生物学的研究: 食糧としての水産資源を持続的に有効利用するためには、漁期、漁場、漁法、漁獲量、漁獲サイズなどの制限による適切な資源管理が必要で、そのためには対象種の生物情報を正確に把握することが必要です。私たちはこれまでアンコウ類やカイワリ、マトウダイなど東シナ海の主要底魚類を対象として、年齢、成長、生殖、移動などの生物情報の詳細な解析を行ってきました。現在は高級蒲鉾の
東シナ海産キアンコウの成長曲線
材料となるエソ類と、近年資源量が減少しているマサバについて研究を行っています。マサバは水産実験所の水槽内で産卵させ、その生殖生理や産卵生態を詳しく解析することができました。
このページのトップへ ホームのトップページへ戻る