九州の田んぼの益虫(天敵)

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寄生蜂の仲間

アオムシヒラタヒメバチ Itoplectis naranyae

ヒメバチ科に属する寄生蜂で、初夏から稲刈りの時期に至るまで観察される。日本全土(北海道から南西諸島まで)に分布し、各地で普通種。

名前の由来は、『イネアオムシに寄生する』『平たい(ヒラタ)腹部を持つ』ヒメバチ。なお、イネアオムシ(フタオビコヤガ)の属名は Naranga であるため、アオムシヒラタヒメバチの学名は、イネアオムシの Itoplectis という意味で I. narangae と本来は綴るべきなのだが、記載時の種名が naranyae となっているため、(たとえそれが間違いであっても)学名は I. naranyae

イネを加害する各種チョウ目害虫の蛹や前蛹に内部寄生する。特にコブノメイガを好みの寄主(産卵対象)とし、メイガの多い田んぼでは個体数も多い。メイガの発生量は盛夏以降に最も多くなるため、アオムシヒラタヒメバチが最も多く観察される時期も普通は秋近くになってからである。

本種によるメイガ蛹の寄生率は時に5割を超え、最も重要な天敵の一つとなっている。しかし薬剤感受性が高く、殺虫剤の使用回数が多い田んぼでは少ない(メイガ自体が少ないせいもある)。

体長が1センチ前後であり、目立つ色彩をしていることから認知は容易であるが、活発に飛び回っていることが普通なので、注意しないと見逃すことになる。

ニジヒメバチの一種 Brachycyrtus sp.

Brachycyrtus sp. 、つまり種名は未確定。ヒメバチ科の Brachycyrtinae という亜科に属する珍しい寄生蜂である。

Brachycyrtinae は、日本からはわずかに Brachycyrtus の1属2種だけが知られる小さな亜科。右図の種は九州北部では時折見かけるので、本当は稀なものではないのかもしれない。

福岡ではヤマトクサカゲロウの発生している水田でたまに観察できる。クサカゲロウのいる樹木周辺を飛び回っていたので気になっていたのだが、ついにクサカゲロウのマユに産卵するシーンを水田で目撃した。

クサカゲロウはアブラムシを捕食する有益な天敵昆虫であるが、それに寄生するニジヒメバチは天敵の天敵となるため有益であるとは言えないだろうが、九州の水田の生物多様性が高いことを示す1つの例にはできそうだ(水田からは過去に記録がないと思う)。

チビキアシヒラタヒメバチ Pimpla nipponica

水田で時々見かけるヒラタヒメバチ亜科の寄生蜂の1つで、北は北海道から南は南西諸島までと分布域が広い種である。

研究者によっては属名に Coccygomimus をあてることがあり、この場合は属名が男性形であるため、C. nipponicus となる。

水田ではコブノメイガ、フタオビコヤガ、イネヨトウの蛹に内部寄生するが、アオムシヒラタヒメバチやイチモンジヒラタヒメバチ同様に広食性のヒメバチなので、他にも様々なチョウ目昆虫の蛹や前蛹に卵を産み付ける。

生息環境は広く、雑草地や二次林、果樹園、都市部の公園、河川敷などでよく見かける普通種である。水田は特に好みの環境ではないと見え、あまり多いものではないようだ。

マイマイヒラタヒメバチ Pimpla luctuosa

大型の寄生蜂。雌は特に巨大化する場合があって、迫力がある(ヤママユガ系に寄生させると信じられないくらい特大の雌が羽化してくる)。

チビキアシヒラタヒメバチ同様、属名に Coccygomimus を使用すると学名は C. luctuosus となる。

様々な環境に生息し、多種多様なチョウ目昆虫を寄主として利用する。水田ではイチモンジセセリに寄生したという記録があるが、一般に水田では稀である。

大型黒色のヒラタヒメバチではイチモンジヒラタヒメバチがもっとも普通で、両者の区別は慣れれば容易であると思うが、慣れるまでは種の識別が難しいかもしれない。

イチモンジヒラタヒメバチ Pimpla aethiops

水田でよく見かける大型の寄生蜂。その和名の通り、イチモンジセセリに寄生するが、それ以外にもコブノメイガやイネヨトウからも記録がある。

種小名はかつて parnarae を使用した(イチモンジセセリ属 Parnara の、の意)が、それ以前に記載されていた P. aethiops のシノニム(同物異名)とされた。

漆黒でつや消しの体が特徴的である。基本的にイネ科植物を中心とした雑草地や河川敷、あるいは水田を生息地とする種類である。

チョウ目の蛹に強靱な産卵管を用いて卵を産み込む内部寄生者。マイマイヒラタヒメバチに酷似し、慣れないと同定は難しいかもしれない。

キアシブトコバチ Brachymeria lasus

アシブトコバチ科の寄生蜂。その名の通り、後ろ足の太ももの部分が肥大している、『黄色く(後脛節)』『太い脚(後腿節)』をしたコバチ。また、その歩き方はロボット(ガンダムとか)を想像させる。体長は3〜5ミリ程度。

イネツトムシ(イチモンジセセリ)をはじめ、各種チョウ目害虫の蛹に内部寄生する。寄主蛹の中央部にまん丸い穴をあけて成虫が脱出してくる。

日本本土に広く分布するが、生息環境は水田だけでなく、様々な農地、果樹園、二次林などと極めて広い。また、寄生するチョウ目の種類も100種を超える。水田では一般的に個体数の多いものではない。

キアシブトコバチ近縁種 Brachymeria sp.

こんなに顕著な、しかも九州や南西諸島ではさほど珍しいものではない寄生蜂なのに、日本未記録種である。いかに寄生蜂類の知見が乏しいかが分かる。福岡県の水田でも時に見かける。ただし、主要な生息環境は水田ではない。

セセリチョウの蛹に内部多寄生するのを確認したが、それ以外ではアオスジアゲハにもつく。近縁種のキアシブトコバチは単寄生(1つの寄主に1個体のみ育つ)であり、同属の寄生蜂でも種により寄生様式が異なるのである。

ホウネンタワラチビアメバチ Charops bicolor

イネアオムシ(フタオビコヤガ)に内部寄生するヒメバチの仲間。

ホウネンタワラチビアメバチのマユ(右図)は非常に目立ち、その存在により本種の生息状況を知ることができる。マユは俵(タワラ)そっくりであり、この蜂のマユが多い年は豊作となるという言い伝えがある。ゆえに豊年俵チビアメバチという和名が付けられた(のだと思う)。昔の農家は、田んぼに住む生き物をよく観察していたことが伺い知れる。

成虫(左図)は細長い体型をしており、腹部が濃いオレンジ色である。

各地に普通な寄生蜂であるが、きっちり防除をしている田んぼではほとんど見られない。

なおイチモンジセセリ幼虫からも記録があり、イネアオムシがあまりいない田んぼでも見かける。イネアオムシだけにしか寄生しない寄生蜂ではないのかもしれない。水田で利用している寄主についてきっちりと調べる必要があるだろう。

スズキコンボウアメバチ Agrypon suzukii

福岡県の水田でたまに見かけるコンボウアメバチ亜科の寄生蜂。八重山の水田ではとても個体数の多い種であるが、こちらではさほどでもないようだ。

本種の属する Agrypon とその近縁属は多数の酷似した種を含むため同定に注意を要するが、水田で採集されうるのは本種とあと2種あるようだ。コブノメイガやアワヨトウ、イネツトムシから記録がある。

一般にコイノビオント型の寄生蜂では個体間の体サイズ差は少ないのだが、本種では体長にかなりの個体変異がある。おそらく利用している寄主の種類の違いによるもので、蜂羽化時の寄主蛹の大きさを反映して体サイズが変異するのだろう。

なお本種は寄主幼虫に産卵し、寄主が蛹になってから内部で蜂幼虫が一気に発育を完了し、寄主蛹より蜂が(1匹)羽化してくる(コイノビオント型の発育様式)。

リュウキュウアカハラチビアメバチ Eriborus ryukyuensis

九州以南石垣島まで知られる南方系のヒメバチ。福岡での寄主は確認していないが、鹿児島県ではコブノメイガから記録がある。

右図のとおり、腹部がやや暗い赤色をしており、細い産卵管が上方に湾曲している。もともとはその学名の通り南西諸島(琉球)より記載されたヒメバチであるが、福岡県にも産することが判明。

今のところ、本種が確認できた水田は少ないが、なんせ誰もこの手の寄生蜂に手を付けていなかったので、北部九州での分布や発生量がどうなっているのかまったく不明だ。よく似た紛らわしい種にタイワンアカハラチビアメバチという種があり、こちらも福岡に産する。いずれの種も内部単寄生者である。

キベリチビアメバチ Trathala flavoorbitalis

福岡県の水田ではよく見かけるヒメバチである。

コブノメイガに寄生しているのを確認したが、それ以外にイネヨトウやニカメイガからも記録されている。雑草地でも普通に見かけるので、水田が主要な生息環境ではないと思う。

本種は東南アジアや南アジア、さらにはミクロネシアなどにも分布しており、東南アジアの水田でも普通に観察される寄生蜂であるらしい。

体の黒い斑紋は拡大する個体がある。

内部単寄生者である。コイノビオント型の寄生蜂で、寄主幼虫に寄生する。

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