福岡県久山町におけるツマアカスズメバチの再発見[2022年6月]
2022年4月末~5月初めに福岡市東区と久山町において特定外来生物ツマアカスズメバチが発見されましたが、それを受けて環境省緊急調査を実施しました。発見場所から半径3キロメートル以内にある緑地や林などにスズメバチ捕獲用のトラップを各300個ずつ仕掛ける、というものです。
その結果、久山町内に設置したトラップ1個にツマアカスズメバチの雄1個体が入っており、同町からツマアカスズメバチが再発見されました。
今後の具体的な対応については環境省と自治体にお任せするとして、今回の再発見の意味や解釈について、専門家の観点から簡単にまとめておきます。
再発見の意味するところ
まず、最初に確認された2個体は女王蜂で、いずれも捕殺されています。つまり、その女王蜂たちが作ろうとしていた巣、あるいは既に作り始めていた巣は、駆除されたものと解釈できます(ただし例外あり。末尾の「付記」参照)。
にもかかわらずツマアカスズメバチが再発見されたということは、他にも女王蜂が生き残っており、どこかにまだ活動中の巣があるということになります。
したがって、再発見された場所周辺を再度調査し、可能な限り巣を見つけ出すか、殺虫成分を含めたベイト剤(アリノスコロリと同じ要領)を使用して巣を駆除するのが理想です。
なぜオス個体なのか
通常、ツマアカスズメバチの雄は秋にしか出現しません。晩秋が交尾の時期になり、成熟した巣から飛び出した女王蜂と雄蜂が出会い、交尾します(基本、女王は生涯で1回だけ交尾)。その後、雄は冬を越すことなく死に絶えますが、新女王は越冬し、次の春から活動を開始します。
初夏のツマアカスズメバチ雄
対馬にて6月に設置したトラップに入った雄蜂。確認のため交尾器を引き出している。
ところが、対馬でもヨーロッパでもそうなのですが、春から初夏にかけて雄蜂が採集されることがあります。これは、未交尾の女王蜂、あるいは同系交配をした女王蜂、が産んだ個体です。
未交尾の女王は雄蜂しか産めません。未交尾ゆえ未受精卵のみを産むことになり、未受精卵(=染色体数がn)は雄へと成長するからです。受精卵(=染色体数が2n)を産んだ場合のみ、雌蜂(=働き蜂)が育ちます。
さらに少しややこしい話になりますが、同系交配をした場合(例えば、同じ巣由来の新女王と雄蜂が交尾した場合)には、女王が産んだ受精卵の半分は雄蜂になってしまいます。これはスズメバチを含むハチ目昆虫(蜂やアリの仲間)ではしばしば確認されるタイプの性決定メカニズム(単倍数性かつCSD。用語解説は割愛)です。貴重な働き蜂の半分が働きもしない雄蜂になるため、巣の生存率は低くなるはずですが、それでもある程度は巣の活動が続くでしょう。
今回見つかったツマアカスズメバチの雄は、そのような女王蜂から生まれた子であると考えるのが妥当です。
増殖効率は低い?
2022年になって複数の女王蜂が見つかったことから、ツマアカスズメバチの福岡への侵入は、前年であった可能性が高いです。侵入に成功した個体はおそらく1匹(せいぜい2匹)で、2021年の秋に営巣に成功した巣が1つあり、そこから新女王蜂たちと雄蜂たちが旅立っていったと考えられます。
新女王蜂たちは、同じ巣由来の雄蜂と交尾する(=同系交配となる)か、あるいは出会いがなく未交尾の状態のままになるでしょう。必然的に、彼女たちが巣作りを開始した場合、高い確率で雄蜂が産まれると予想されます。
また、600個仕掛けたトラップから、たった1匹しか捕獲できなかったということは、個体数も非常に少ないはずです。僕自身も調査していますが、全然見つかりません。同系交配の悪影響を受ける個体がいるため、増殖効率は低いのではないでしょうか。
一方、対馬の事例では、初夏の頃にはほとんど雄は採集できませんでした。つまり、対馬に侵入してきた女王蜂の数は1匹や2匹ではなく、遺伝的にそれなりに多様だったわけです。
福岡から根絶するために
今の時期は1つの巣あたりの蜂個体数はとても少なく(女王と働き蜂を含めてせいぜい10匹程度)、調査をしてもなかなかツマアカスズメバチを見つけ出すことが困難です。個体数の少ないツマアカスズメバチを見つけ出すのは容易ではありませんが、やっかいな外来種を福岡から根絶することは十分可能だと信じます。
本種と思われるスズメバチを見つけた方は、環境相や自治体、あるいは私宛にでも連絡をください。とにかく数がとても少ない段階なので、調査しても見つけ出すのが大変な時期に当たるのです。
本種に関する情報は「スズメバチ事典」にまとめていますので参考にしてください。
付記
女王が捕殺されていても、巣ができていて、かつ、すでに産まれた卵から成長し、十分に成熟した幼虫あるいは蛹(繭)の段階まで進んでいた場合、働き蜂や雄蜂が女王不在下でも羽化します。そのような最初に羽化したツマアカスズメバチが再発見された可能性もゼロではありません。
ツマアカスズメバチの雄(長崎県対馬)
11月下旬、サザンカに訪花中
花粉だらけのツマアカスズメバチ雄
スズメバチの雄は毒針を持たないので、手で掴んでも刺されることはない。