ヒメスズメバチ
和名 | ヒメスズメバチ | |
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学名 | 原名亜種 | Vespa ducalis Smith, 1852 |
日本本土亜種 | Vespa ducalis pulchra Buysson, 1905 | |
英名 | black-tailed hornet | |
原産地 | 原名亜種 | Tein-tung, near Nigo-po-foo(中国浙江省の寧波近郊) |
日本本土亜種 | 横浜(=lectotype) | |
亜種 | 対馬亜種(ツシマヒメスズメバチ) 琉球亜種(リュウキュウヒメスズメバチ) |
分布

ヤブガラシに訪花した個体
種としての分布は、インド東北部、ネパール、ミャンマー、タイ、ベトナム(北部と中部)、中国、台湾、ロシア沿海州、朝鮮半島となります。
種小名の『ducalis』には『指導者』や『公爵の』という意味があるようです。大きくて格好良かったからそういう名前にしたんですかね?
日本のヒメスズメバチは3亜種からなり、本土産は亜種 pulchra Buysson, 1905 として扱われています。亜種名の『pulchra』は『美しい』という意味です。
本亜種は本州、四国、九州と周辺の島(佐渡、屋久島など)に産し、トカラ列島の中之島からも採集されています。他のスズメバチたちと混棲することが普通で、平野部から中山帯まで見られます。
学名の変遷
さて、本土産のヒメスズメバチの学名ですが、以前は Vespa tropica pulchra とされていました。

ヤブガラシに飛来した新女王と思われる個体
東南アジアにはネッタイヒメスズメバチ Vespa tropica (英名は、greater banded hornet)という種がいるのですが、ヒメスズメバチの原名亜種である ducalis はこのスズメバチの亜種扱いでした(正確には、記載者の Smith は ducalis を独立種として記載したのですが、別の研究者によって後に tropica の亜種へ降格されました)。
つまり、一時は ducalis も pulchra もそれぞれネッタイヒメスズメバチの1亜種だったのです(正確には、pulchra は当初、 ducalis のvarietyとして記載)。
さらにその後の分類学的な研究により、ducalis は亜種から再度昇格、独立種となり、それに伴って同種と見なせるが亜種程度の違いがある pulchra が ducalis の亜種へと移されたのです。

休息するヒメスズメバチ雄
こういった分類学上の名前の変更があるのは、スズメバチの分類が思った以上に難しいからなのです。
大きく、色合い的にも顕著な種が多いので、分類上、色彩パターンを重視しがちですが、この色彩にはかなりの個体変異と地域変異があって、おまけに同所的に棲息する種の色彩パターンが互いに似る場合があります。
つまり、色んな場所から多くの標本を蓄積しない限り、正確な分類ができないというわけです。今後も、スズメバチの分類体系には変更が出ると思われます。
なお、ヒメスズメバチとネッタイヒメスズメバチの見分け方ですが、前者の頭部にある毛の色が黄色に対して、後者では黒いことに注目すればよいです(他にも形態上の違いがあります)。
また、両者は形態上の違いに加え、生態も異なっていて、完全な別種関係にあり、アジアの一部の地域では両者が混棲します。
形態

毒針と腹部先端部の色彩
美しくきれいなスズメバチです。オオスズメバチに次ぐ大きさの種類で、福岡ではキイロスズメバチ、コガタスズメバチほどではないですが、各地で普通に見られます。
腹部先端部が真っ黒(対馬産を除く)であることから、他のスズメバチと容易に区別がつきます。
腹部の斑紋には個体変異があって、黒化の程度が強いものから、綺麗な黄色と赤と黒のしましま模様の個体まで変異します。

ヒメスズメバチの働き蜂
腹部の紋には個体変異がある。
黒化の程度が強い個体では、肩の部分(前胸背板と中胸背板前部)と胸部後半部がほぼ黒色で、腹部末端3節も全て黒色です。腹部前半部の黒帯も拡大し、腹部全体で黄色の筋が3本+腹部前半に若干の赤褐色部となります。
全体的に黄色と褐色の部分が発達した個体もいます。そのような場合、肩に明瞭な黄色の筋が入り、胸部後半部に褐色が広がると同時に、腹部には太くて黄色い帯が4本入ります。また、腹部前半の褐色帯も太くなります。なお、このような変異は連続的です。
腹部前半部(第1・2節。正確には、第2・3背板)に赤い部分がありますが、これは個体により消失したり拡大したりします。

雄は触角が長く、胸部前半の黄斑が発達
また雄では、肩(前胸背板や中胸背板全部)に黄色部分が発達する傾向にあります。肩の部分の黄色がずいぶん広いなと感じたら、雄の可能性が高いと思います。
日本産スズメバチの中では、個体変異の大きい種類になります。
攻撃性
体も大きく羽音も十分なので怖がられますが、基本的にまったく恐れる必要がないスズメバチです。実際に本種は刺傷被害例がもっとも少ないスズメバチで、性格はスズメバチの中では最もおとなしく、決して攻撃的な昆虫ではありません。巣から数メートル以内にうっかり近づいても、いきなり攻撃してくることはないと思います。
以前、巣があることに気がつかず、1メートル以内の距離で他の昆虫を探していた、という経験があります。帰巣してきた個体にまとわりつかれ、ようやくすぐ目の前にある巣の存在に気がつました。既に新女王が羽化し始める時期であったにも関わらず、です。
習性
営巣
越冬女王の活動開始時期は5種のスズメバチの中では最も遅く、また営巣期間はもっとも短い種になります。

ヒメスズメバチの巣
直接風雨にさらされない場所に営巣しますが、巣の規模は小さく、働き蜂の数も多くありません。
ただ、巣を作る場所が庭に置きっ放しにした空の植木鉢の中だったり、裏庭に捨てられた小さな木箱の中だったり、人家の周りのちょっとした閉鎖空間がある場所(物)であることも多いです(遮蔽空間型の営巣)。
そのため、巣が大きくなる時期までその存在に気がつかないこともあります。お互いに険悪な関係になることなくシーズンが終了する場合も多いのではないでしょうか。
なお、巣に過度に近づいたり、巣の周りに刺激を与えると、働き蜂が警告しにやってきます。まとわりつくように飛ぶので、その羽音やアゴのかみ合わせ音に恐怖心をいだくことになるでしょうが、よほどの事(巣のある場所を蹴飛ばすなど)がない限り攻撃してこないでしょう。巣のありそうな場所から静かに落ち着いて立ち去れば良いのです。
食性

飛翔探索中の働き蜂
他のスズメバチ同様に捕食者なのですが、何でも屋ではなく、アシナガバチ類をもっぱら好んで狩りの対象にします。
ただし、アシナガバチの成虫は狩りの対象ではなく、幼虫や蛹を獲物にします。
アシナガバチの巣を攻撃する場合、巣にいるアシナガバチ成虫そのものを殺したり激しく攻撃することはあまりないようです。
また、他のスズメバチ同様に甘いものも大好きです。

ヤブガラシに訪花した雄個体
樹液や花の蜜を舐めにもやってきますが、そういう単独行動をしている蜂に刺されることはありません(もちろん、手で捕まえれば刺すでしょうが)。
ですから、本種が庭木の花にやってきているだけなのに、「駆除しろ」とか「その木を切れ」などと言う業者はとても良心的であるとは言えませんね。
ちなみに、新女王は1匹の雄とだけ交尾することが確認されています。
亜種
日本には、ssp. pulchra 以外に、外部形態から区別される以下の2亜種がいます。

韓国産のヒメスズメバチ原名亜種
また、海外から知られる亜種は以下の通り。
- ssp. ducalis Smith, 1852(原名亜種)
中国(中部)から記載。他に、インド東北部、ネパール、ミャンマー、ロシア沿海州、朝鮮半島に分布します。
ssp. pulchra の原記載では、韓国のソウルも含まれているらしいので、韓国産は日本本土亜種と同じ扱いになるかと思われましたが、よく見ると原名亜種のほうでしょうね。
- ssp. pseudosoror van der Vecht, 1959
ベトナム産の標本を元に記載。その名の通り、Vespa soror に似た模様をしています。
腹部前半(第1・2節背板)の黒帯は、消失もしくは色が薄くて細い。腹部のオレンジ色の部分は色がより薄い。
記載時に台湾産も本亜種として加えられていますが、パラタイプとしては指定されていません。ベトナム産と台湾産では色彩パターンが同じでなく、むしろ明瞭に区別できると思いますが…。本亜種は、その後の研究では原名亜種のシノニム扱いされている場合があります。