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本分野は食品衛生化学および食品保蔵学に関する教育と研究を目的として,昭和43年に九州大学農学部食糧化学工学科に新設されました.当初は,山藤一雄教授および大村浩久助教授が分野分担となり,食用色素,オゾン,ビタミンB2と生体成分との反応などの衛生化学的検討を行いました.

昭和443月に渡辺忠雄教授が講座担当教授として就任され,昭和593月に定年退官されました.この間,食品添加物,農薬,重金属の定量法の確立,これらの摂取量の測定,食品添加物および毒物の生体への影響,抗微生物物質の作用機作の解明および植物の耐凍性獲得機構の解明に取り組みました.これらの研究の過程で,

(1)ある種の食用タール色素は,ラット肝臓単離核クロマチンを解離させRNA合成を促進することを明らかにし,現在使用が許可されているアマランス,ローズベンガルなどは再検討が必要であることを示しました.

(2)また,食品添加物の中でも毒性が問題視される種々の食品防腐剤の抗菌作用を膜構造の異なるグラム陽性菌,陰性菌ならびにその変異株を用いて研究し,それぞれの特異な抗菌作用機作を解明しました.

(3)グラム陰性菌には単独では抗菌作用を示さない防腐剤も,これらを併用すると抗菌作用を示すことを明らかにし,その作用機作を解明して,最小限の使用量で高い防腐効果を示す効果的な防腐剤の使用方法を検討しました.

昭和594月には波多野昌二助教授が,教授に昇進され,食品の安定供給と安全性の確保を目的として研究を展開してきました.研究の内容は,

(1)抵抗性が非常に高く食品工業において問題となっている胞子形成細菌の制御に関する研究では,食中毒菌であり,胞子を形成するBacillus cereusの胞子形成期の非対称なセプタ形成に必要なペニシリン結合蛋白質ならびに胞子形成初期に増加するDNA結合蛋白質の1つがイノシン1リン酸脱水素酵素であることを見いだし,これらの遺伝子の発現機構について検討しました.

(2)食中毒細菌の簡易迅速検査同定法に関する研究では,腸炎ビブリオ菌は,トリプシン活性を指標として蛍光基質を用いて高感度に検出できることを,サルモネラ菌は,本菌に特有なズルシトール1リン酸脱水素酵素に対する特異モノクローナル抗体ならびに本酵素のN末端アミノ酸配列をもとに作製した単一プライマーによるRAPD法により簡易迅速に検出できることを,さらに一般生菌については短時間メンブランフィルター上で培養後に生物発光反応を行なって得られる微弱な発光を2次元光電子増倍管で増幅検出する事で迅速に検出できることなどを明らかにしました.

(3)植物に耐寒性・耐凍性を付与できれば生鮮蔬菜類の長期貯蔵と安定供給に資するところが大きいことから,植物の耐寒性,耐凍性獲得機構の解明ならびにその付与に関する細胞工学的研究を行ってまいりました.ハードニングにより耐凍性を獲得するクロレラを用いた研究から,耐凍性の発現には,Late Embryogenesis Abundant 蛋白質と相同性の高いhic6蛋白質ならびにThiol-specific antioxidant enzymeなどが強く関与しており,単離したhic6遺伝子を組み込んだプラスミドベクターでパン酵母や植物を形質転換してhic6蛋白質を発現させると凍結傷害を受けにくくなることを明らかにしました.

これ以外にも食品の生物的悪変を防止する抗体ペプチドの調製,人への健康危害も報告されている水道水の黴臭原因物質の簡易・高感度検出法の開発についても検討を行ってきました.

平成1110月より飯尾雅嘉氏が教授に就任され,平成173月に退官されました.この間,

(1)食品衛生細菌の簡易迅速検査および同定法の開発では,大腸菌O157をはじめとした大腸菌群,サルモネラ属菌,セレウス菌,黄色ブドウ球菌毒素および一般生菌をPCR法,バイオルミネッセンス法,免疫磁気ビーズ法,フローサイトメーターなどを駆使して迅速に検出する方法を開発し,これらの業績は,安全な食品の製造,流通に寄与するものとして食品産業界において高く評価されています.

(2)食品衛生細菌の制御に関する研究では,畜肉エキススープ,生乳および粉乳のマイクロフローラとこれら食品汚染細菌の性状を明らかにすることで,有効な制御方法を見出し,食品の高品質化と安全性の確保に成功しました.

(3)また,近年,食品添加物として許可された微酸性次亜塩素酸水の食品製造ライン洗浄殺菌法としての適切な利用法を明らかにし,実際に食品製造工場へも導入しました.これらの成果は,加工食品の高品質化と安全性の確保に大きく貢献しています.

(4)植物の耐凍性獲得機構の解明および耐凍性付与に関する研究では,クロレラ由来LEA蛋白質が凍結に弱い酵素群を保護する凍害防御効果を有し,トランスジェニック植物の作出によりその効果を証明しました.また,細胞質局在型の脂肪酸不飽和化酵素遺伝子の耐凍性獲得への寄与などを明らかにしました.

平成174月には宮本敬久助教授が教授に昇任し,現在に至っています. 渡辺教授就任以降,一貫して食品の安定供給と安全性の確保を目的として研究を展開してきました.食品添加物,農薬,重金属の定量法の確立,食品添加物および毒物の生体への影響,抗微生物物質の作用機作の解明,細菌胞子形成機構の解明,食品衛生細菌の簡易迅速検出法の開発および植物の耐凍性獲得機構の解明に取り組んできました.

(1)食中毒細菌の制御と簡易迅速検査同定法に関する研究では,

(i) 食品の製造・流通過程で受ける各種のストレスにより損傷して存在する食中毒細菌の損傷および回復機構を解明するために,これまでに同定した回復時に特異的に発現する遺伝子破壊した株を作製し,その回復挙動について検討しました.

(ii)  B. cereus嘔吐毒合成酵素遺伝子の同定と嘔吐型食中毒原因B. cereus迅速検出法の開発,

(iii) 農産物への食中毒細菌の再付着防止法開発のために,SPRバイオセンサーを用いて天然由来の有効成分の検索,付着機構解明のため,付着に関係するセルロース合成酵素破壊株を用いて検討しました.

(iv) 微酸性次亜塩素酸水による殺菌効果向上のために種々の食品添加物および天然物との併用効果を検討しました.

(v) 主要な食中毒細菌を短時間で同時一斉に増菌して検出するリアルタイムPCR法に必要な増菌培地および検出系の開発を行いました.

(2)植物に耐寒性・耐凍性を付与できれば生鮮蔬菜類の長期貯蔵と安定供給に資するところが大きいことから,植物の耐寒性,耐凍性獲得機構の解明ならびにその付与に関する細胞工学的研究を行ってきました.ハードニングにより耐凍性を獲得するクロレラを用いて,耐凍性の発現に関係する各種遺伝子の同定と耐凍性発現遺伝子の導入による耐凍性パン酵母や植物の育種に関する研究を行いました.また,新規適合溶質としてのタウリンの機能および凍結耐性の向上への関与について細胞工学的,分子生物学的な研究を行いました. 

現在は,食品の製造・流通過程で受けるストレスによる食中毒細菌の損傷および回復機構の解明,農産物への食中毒細菌の再付着防止法開発,効率的な農産物殺菌のための複合処理法の構築,主要食中毒細菌の同時一斉検出系の開発,カテキン類の抗菌作用機構の解明,植物への耐寒性・耐凍性付与に資する耐凍性の発現に関係する各種遺伝子の同定と耐凍性発現遺伝子の導入による耐凍性パン酵母や植物の育種に関する研究を行っている.

特に,この5 年間では,植物ポリフェノール,食品由来の抗菌性物質,バクテリオファージなどを利用して, 食中毒細菌(大腸菌O157:H7,カンピロバクター,黄色ブドウ球菌,ウエルシュ菌など)の制御,バイオフィルム形成阻害,細菌性毒素阻害の研究,ならびに,食中毒細菌の熱耐性獲得機構解明,抗生物質耐性菌に関する研究,野菜の凍結貯蔵性の向上に関する研究を行っている.